続・お母さんの教科書【質疑応答集】

2026年に【お母さんの教科書】をリライトしたのを機に、

この記事もリライトしました。

2021年に『お母さんの教科書』の初稿、

2022年、この『続・お母さんの教科書【質疑応答集】』を書き、

2026年春にどちらもリライトという流れです。

時代の変化もますますスピーディになっておりまして、

今一度、根幹を見直しておいたほうがいいかなということで、

各所に寄せられた質問に対して答えていたことに

加筆してみました。

タブレット教育はダメ?

まず、とってもよく聞かれるのが、

タブレット教育って子どもの脳によくないですよね?

という質問。

同様によくあるのが、

(シリコンバレーなどでは)

子どもにはスマホを持たせないと聞きました。

やはりよくないのでしょうか?

という質問ですね。

これはどちらも、いわゆる『スマホ脳』が育成されていくのは

どうだろう?(心配だー)ってことですよね。

2022年の段階では、

スマホばかり見ていたら、

『スマホ脳』にはなるだろう

という研究結果が出ていました。

ただ、今の赤ちゃんは、喋り出すよりも先に

Youtubeを見てますからね。

子育て的にも、学習効果はあまりなくても、

スマホやタブレットを見せておけば

目が離せるお役立ちツールって側面もありますよね。

ちなみに、私も1歳の時には、

TVでガンダム(1st)を割と夢中で見てたとのこと。

見てたことも内容も覚えてないので、

大人になってから見直しましたけどね(笑)。

じゃあ1歳の時にガンダムを見ていたことが原因で

アニメを見るようになったとしましょう。

それで何か困っているかといえば、別にそうでもない。

母親にしてみたら、私がHDDに沢山アニメを

録りためていた時期もあって、容量食いすぎ!

ってことはあったかもしれないけど、

それって別に、そんなに困ることではないですよね?

すぐに1TB以上の容量をもつレコーダーも出て来ましたしね。

というわけで、私なりの答えは、

確かに『スマホ脳』にはなるかもしれないけど

それで困るかどうかは、また別問題だよ

となります。

『スマホ脳』とは?

ところで、『スマホ脳』とは、そもそもどういう脳でしょうか?

いわゆる『スマホ脳』というのは、

昔から良きとされていたこととか

日本人の知恵的な賢さとかそういったものとは

相反するものであろうと言われています。

ただ、古き日本社会で良きとされていたことや

人間性といったものは、次世代の大衆には

もう求められていないかもしれません。

なんなら、そういったものをなくそうとする動きは

既に各所で見られてますからね。

なので、最終的には、

お子さんにどう生きていってほしいと思うか? によります。

これは、少なくとも脳というハードウェアが出来てない

小学生のうちは子どもに決めさせることではなく、

親が決めることです。

子どもの主体性をはき違えないほうがいい。

そして、親が子どもにどういう世界で生きて欲しいかを決めれば、

子どもにスマホを持たせるかどうかの答えも、

自ずと決まると思います。

迷うのは、親がそこを考えていないか、ブレているからですよね。

ちなみに、このまま『スマホ脳』の人口が増えれば、

当たり前に非スマホ脳の人口は減ります。

これは、普通の算数です。

非スマホ脳=少数派親子として生きるぜ! と決めた場合は、

ノープランでは、だいぶ社会には淘汰されるでしょう。

なので、相当な「意志」と「努力」と「工夫」が必要にはなりますので、

そこはご覚悟を。

おそらく、コロナ騒で非マスク派を貫いたクラスの

少数派になっていくことでしょう。

あの時に、感染に対する恐怖よりも、

みんながしてるからという理由でマスクしてた人は、

おそらく多数派に寄ったほうが、

精神的には全然ラクだと思いますよ。

電卓の登場によってそろばんが淘汰されていったようなものです。

な~んて言ってたら、電卓どころじゃなく

Excelすらも既に時代遅れになりつつある

スピード感たるやって感じなんですが、

まだそろばん検定あるし、教室あるし、

そろばんが大好きな人もいますしね。

これって、どちらを選んだから正解/不正解ってことはない

現段階では、正解/不正解なんてわからないんです。

電卓が登場してきた時なんかも、

ガンコなジーサンは「そんなん使うとバカになる!」と言ってましたが、

電卓機能を全部使いこなすのも頭よくないと出来ませんしね。

ただ、そろばん派と電卓派では話は合わないかも~ってだけの話です。

とにかく子育ての正解を、目先の結果に求めてはいけません。

正解かどうかは、親が死ぬ時か死んだ後にでも分かればいいこと。

いつかどこかで子どもに感謝されたら、正解だったってことで。

ただ、やはり親がスマホばかり見てたら、

当然子どもだってスマホを欲しがります。

友だちが使ってる! ってのは「よそはよそ、うちはうち」と言えても、

同じ家の中ですからね(笑)。

例えば何歳になったら好きにしていいなど、

同じ条件じゃないとね。

だから、子どもにスマホを持たせる時期を遅らせたければ、

まずは親が、子どもが起きている時間は

極力スマホを見ないようにしたり、

どうしてもスマホを見る時は

部屋に行くようにしたりするとかね。

子どもにダメって言うのなら、

まず親がスマホの接触時間を減らすことからです。

参考情報ですが、確かにシリコンバレーや

欧米の上流階級の寄宿舎付きの学校、

一日8時間近く家庭教師がつくような階級の親は、

子どもには絶対にスマホを持たせません。

そして、それは『スマホ脳』のマイナス面もわかっていて、

厳格に持たせないでいられる環境が整っているから出来るし、

そういった環境だからこそ、賢い子はますます賢くなっていきます。

でも、ごめん、、、

ココ、シリコンバレーでも寄宿舎でもない(笑)。

子どもがシリコンバレーで活躍するような人物になってほしければ、

登下校時のGPS情報なんて必要もない=送り迎えは必須、

かつ、寝るまで家庭教師という名の

教育係兼監視係がベッタリとついていて、

やること多すぎてスマホいじってるどころじゃない

環境を用意できるか、または、寄宿舎付きの、

海外の優秀な子どもが集まる学校へ行かないと無理です。

今は産まれた時点で、遺伝子情報なんてものは

ゴリゴリ集められてますから、正直なところ

現状でスカウトが来ていない時点で候補生ではない。

そして、イイ学校に行ったから、シリコンバレーに行ったから、

めちゃくちゃ稼いだから、幸せに生きられるとも限りません。

ある一定の年収以上(今の日本だと年収700万円以上)は、

収入の増加と幸福度の増加は比例しないという研究結果もあります。

何がその子にとって『幸せに生きる』ということか?

という着眼点をベースに、

色々と判断していただくといいかなと。

だから、繰り返しになりますが、

お子さんにどのような世界で生きていってほしいですか?

この答えが、その子にスマホを持たせるかどうかの答えにもなります。

追記)そして、AIに『幸せ』は分からない

分からないので、そちらへの方向付けは出来ません。

不安・不満に目を向けさせることは得意なんですけどね。

だから、お子さんに幸せに生きていってほしいと思うのなら、

AIとの距離感はとても大事だし、なるべく脳へのインプットが、

体験→AIという順番になるようにはしておいたほうがいい。

それから、くれぐれもAIに相談はさせないようにね。

ちなみに、もし私が親だったら、

中学卒業までは原則的には持たせないでしょうね。

15歳になったら好きにすればいいっていう感じかと。

別に、シリコンバレーで活躍するような子を

育てるつもりには全然ならないでしょうが、

ひとつは、毎日学校に行って、友達と会ってれば必要? って思うから。

どうしても欲しいなら、そこのところをちゃんと

親が納得するようにプレゼンしなさいって感じです(笑)。

私は、色々と少数派道まっしぐらですから、

みんなやってるよ~は、何のやる理由にもならない。

コロナ騒下でも飛行機内以外では、全然マスクをしなかった

レベルの少数派ですから、今更ってなモンです(笑)。

もうひとつの理由は、状況が変わった時に、

持たせない→持たせるに乗り換えるほうが

色々とカンタンだから。

便利すぎるので、逆は難しいでしょう。

今、私はこのまま少数派道を

全う出来るといいなと思っていますが、

それが正しいからと思っているからではなく、

そっちにいるほうが、今は楽しくて、幸せを感じられるから。

もし、今後それが苦しくなる日が来たら、

その時は見直し時かもしれません。

状況がどうなろうとも自分のスタンスに固執する!

のではなくて、状況に応じて

どちらも自分で選べる余地は残しておく。

移動の自由があるって、大事なことなんですよ。

散々『お母さんの教科書』でも書きましたが、

その時々で【知って、選ぶ】ことが大事なのです。

と思っていたし、今も大人がタブレットを使って

ヒマ潰しをしたり、遊ぶこと自体は

お好きにすればいいかなとは思うんですが、

タブレット学習に関しては脳に与える影響の研究が進み、

そのことから、私は学習に関しては明確に推奨しない

立場を取ろうと思います。

時代に逆行してますよね~。

ただ、それというのは、

タブレットを見ている時間=完全なる時間の浪費

ということが分かったから。

タブレット学習を推奨していた国の子ども達の

IQがかなり下がったというデータが明確に出たんです。

なのに、なぜかそちらに舵を切ろうとする日本政府。

時代に逆行してるのは、日本政府なんですよ。

国民をバカにしたいのかな?

欧米の失敗例から学ばずに、いつもなぜか大分周回遅れで

税金を投入して推進し、シレッとなかったことにするのも

毎度のことながら意味わかりませんが、おいといて。

ヒマな大人がヒマ潰しって分かっててタブレットを見るのは

別にイイと思うんですよね。

私も電子書籍(マンガ)はタブレットで読みまくりです。

ただ、タブレットを眺めていても『学習』にはならない

脳の仕組み的に無理なんだから

タブレット学習という単語自体がマボロシ~~~。

とはいえ、今後、学校教育ではタブレット学習やら

オンライン試験やらが推奨になっていくようですので

全然使い方を知らないというのは、

試験の時に困るかもしれない。

AI時代になるにあたって、AIが全然使えないというのは

社会的には淘汰されるというか、

それはそれで困ることになると思いますので

タブレットを使わないほうがいいとまでは言いませんが、

タブレットからの学習は出来ないので

学習に関しては、時間のムダになるだけだから

使わないほうがいいんじゃないかと思います。

だって、『お母さんの教科書』にも書いたように、

15歳までは他に学習したいこと、

インプットしておきたいことイッパイあるじゃん!

って感じです。そこまでが大事なんだから。

その後はタブレットでも何でも好きにすればいい。

それから、学習ってこととは切り離して見ると、

子どもにタブレットを持たせるなら、

インターネットリテラシーとはまた別の知識が重要にはなるし、

その知識がないうちはキケンかなって思います。

国家情報局新設法なんてのが、まったくの無風で

スルーっと成立しているくらいには、独裁下ですから。2026年。

今の子どもが、大人になる頃はどんな世界?

今、私たちは、本当に人類史的に過渡期にいます。

今の大人と今の子どもでは大きく異なる点が2つあります。

既に色々と変化めまぐるしい中ではありますが、

今までの変化とはレベルが違う、

根本からの大きな変換期が迫ってきています。

この大きな時代の変化を理解してから考えないと、

毎回毎回大小さまざまな問題で、イチイチ悩むことになります。

友だちは、多くなくていい

子どもがスマホを欲しがるのは、

友だちが持っているからですよね。

スマホを持たせないと決めたのなら、持たせないなりに、

定期的に、友だちとのリアル交流の場や遊びの場は

作ってあげるといいとは思いますね。

ただ、そもそも友だちって、

人数が多ければいいってものではないかと。

友だち何人出来るかな~なんて歌もありましたが、

ホント余計なお世話でしかない。

そして大人になった今、小学校時代や中学校時代の友だちって

身近に何人いますか? って話ですし、

話が盛大にズレていきますのでココでは割愛しますが、

そもそも本当の友だち(の定義)とは?

って話でもありますし、

それはスマホがないと出来ないの?

スマホがなかった時代は、本当の友だちって出来なかったの?

スマホがあれば、本当の友だちって出来るの?

などなど、確認したいことは多々ある。

交流の場は、あったほうがいい

ただそれでも、人間性を育むのは社会の中。

つまり、他人との対話で育まれますので、

その子にとって居心地のいい、交流の場はあったほうがイイ。

学校だけではないです。学校だけじゃないほうがいいです。

ボーイスカウトとか、地域のクラブチームとか、

趣味の場とか、習い事の場とか、探せば色々あるかと。

子どもにとっての社会が、学校だけにならないほうがいい。

とにかく世界が狭くならないほうがいいので、

色んな場を経験させてあげてください。

時代の流れを見極めよ

あとは、時代の流れですよね。

毎日学校に行けば、友だちに会えた時代なら

別にスマホを持たせる必要はないかなと思います。

でも、2020年、2021年とコロナ騒ぎで

そうではなくなった時もありましたよね。

今後も、ないとは言い切れない。

そうなったら、親が買い与えなくても、

学校から再びタブレットが支給されるかもしれません。

今も学校の先生からは、

生徒が支給されたタブレットばかり見てて

授業を聞かないって嘆きの声も聞こえてきたりしていますが、

ま、タブレットなんて影も形もなかった私たちの時代も、

つまらない先生の授業は聞いてなかったですし、

面白い先生の授業は聞いてましたよ(笑)。

タブレットなんて影も形もありませんでしたから、

時間潰しなんて寝るくらいしかなくて、

気がついたらほぼ全員が寝てた授業もありました。

私は座りながらだと眠れないので起きていたんですが、

窓際最後列なのに、周り中が突っ伏して寝ているせいで

起きてるほうが目立つってどういうこと!?

と思ったものです。

とまぁ、子どもは正直に、より楽しいほうに

より楽しいほうにと振れていくだけで、

タブレットだ~スマホだ~っていうのは、

枝葉の部分なんですよね。

問題の本質はそこじゃないんですよ。

話を聞いてないのは、その話が楽しくないからです。

私たちが子どもの時代も、散々大人に言われてましたよ。

「ゲームばっかりしてたらロクな大人にならないよ~」とかって。

子どもながらに、心底余計なお世話だと思いましたけどね(笑)。

ゲームだのスマホだのはツール(道具)=枝葉の部分で、

実はそんなに大したことじゃない。

時代に応じて色々なものが開発されて、出てくるだけです。

自分で決められるようになるまでは、

その子にとってどうするのが幸せか?

ということを、時代や状況に合わせて

親が考えて方向付けをしておいて、

あとは臨機応変に対応していかなきゃならない。

それだけでも結構ハードル高いですよ。

そもそも、この社会に生まれて10年経つか経たないかの

子どもの意志に任せるようなモンじゃないのです。

軽くは『お母さんの教科書』でも書いていることですが、

小学生までに作られたら変更のきかない、

脳の発育についての理解を深めていただくといいかも。

脳の発育について

まず、脳というハードウェアに関しては、

遅くとも15歳までには完成すると言われています。

個人差があるので、遅くとも15歳っていうのは、

かなり遅い子でもそこまでにはって感じで、

2022年現在の研究では、だいたい12~13歳頃、

つまり中学入学の頃には、ほぼ固まるとされてます。

まぁなので、安全策をとれば中学卒業までは

スマホを持たせないって方針だったとしても、

子どもを見て「ウチの子の脳、だいぶ完成したわ」って

思ったら、スマホも好きにしていいかも。

ある程度のハードウェアが出来ていれば、

いきなりガツンとスマホ脳に振れて、

しばらくしても戻ってこないってことはないかなと。

脳に関する研究はどんどん行われていますが、

今は概ねそのくらいでほぼ確定みたいですね。

ちなみに味覚などの【感覚(センサー)】については

もっと早く完成します。

詳しくは、『お母さんの教科書』をどうぞ。

で、この段階でハードウェア(OS)の育成を怠ると、

例えるなら、一生、Windows95や98というOSで

Adobeの激重な最新ソフトを動かし続けるようなものです。

ここで勘違いしてはいけないのは、

ハードウェアの育成とは、いわゆる

お受験的な英才教育のことではありません。

全然やることが違います。

例えば、日本語もろくすっぽ習得していないうちに

バイリンガルを目指して英語教育を詰め込むのは、

個人的にはデメリットのほうが大きいと思っています。

まず、言語習得の話と、国際感覚を身につけるのとは全然違います

日本語の語順での基本思考が出来ないと、

日本人であっても、日本人であることの本質が分からなくなる。

例えば、英語は結論が先ですよね。

主語・動詞の順ですから。誰がどうする。

話はまずそこからだ、みたいな。

でも、日本文化ってまず結論ありきではない。

必ずしも、誰がどうするでもなければ、

侘びにも寂びにも、結論なんてないですよ(笑)。

また、日本語って主語を消せます

だから〈個〉より〈ムラ〉で動くという面もあるけれど、

主語を消せることで育まれている精神文化がある。

これが分からないと日本人精神ってよく分からないと思うし、

ここがヘンだよ、日本人ってなるよね。

いや~そりゃもう国際感覚からしたら、ヘンだよね。

でもまぁ「ヘン」は褒めコトバだよ(笑)。

で、国際感覚を身につける上で根幹になるのは、

日本人として、他国の文化を理解すること

大事なのは日本人としてのアイデンティティありきで、

そこがOSの部分となるわけです。

だから、日本のこともよくわからないのに、

国際舞台で活躍する日本人になるのは無理。

どこの国の人でもなくなるし、

ただ知識を詰め込めばいいってものでもない。

日本の良さも分かってるから、他国の良さも分かる。

じゃないと、侘び? 寂び? それやって何になるの?

非効率じゃない? ここがヘンだよ、日本人! って言われて

何の反論も出来ない日本人になるだけよ。

各言語能力ってのはいわゆるソフトウェアの部分ですから。

めちゃめちゃ難解な日本語を操れる能力を持つ

我々日本人が、3000語程度の単語を駆使すれば

大体なんとかなるはずの英会話程度が

習得出来ないなんてことはナイ。

世界の多くの人が使えるくらい簡単だから、

英語が世界共通言語たりえているんですって。

識字率も高く、高度教育を受けているはずの日本人が

英語に苦手意識を持っているのは、

失敗経験があるからでしょ。

あれだけやったのに話せるようにならなかったとか、

発音がーとか、なんか色々思うところがあるからデショ。←雑

日本の学校教育の英語はさ、

話せなくなることを目指してるとしか思えないよね。

やっても出来なかったっていう

劣等感だけが蓄積されるっていうかね。

日常会話程度なら、必要に迫られればなんとかなる。

ロクに話せない私が言うのも何だけど(笑)。

ちなみにウチは今、2週間に1回フィリピン人に

お掃除に来てもらってるので、2週間に1回、

強制的に英会話タイムが入ります(笑)。ありがたい。

でもまぁお互いに英語が母国語ではないから、

文法とかは全然無視だし、だーいぶアバウトです。

ま、それでコミュニケーションが取れてれば、

それでいいのでは…と思ってます。

たまに私はウソ教えてるかもしれないけど、まぁまぁそこはそれ。

ホントに大事な話になったら翻訳アプリ使うし(笑)。

大体、英語が母国語って人口は少ない。

文法なんて学んだことある人のほうが少ないんだから、

意志の疎通で大事なのは、スキルじゃない。

伝えたいことがあるかないかでしょ。

伝えたいことがあったら、その気持ちを乗せればザックリとは伝わる(笑)。

で、専門的な会話はAIに任せればいいんじゃない?

とまぁ、ハードウェアがグラグラなまま、

他言語っていうソフトウェアばかり育成する状態、

つまり、早いうちから他言語の英才教育をすると

いびつな脳になることが分かっていますので、ご注意を。

後ほど、ハードウェアの育成法については詳しく書きますが、

座りっぱなしでは、ハードウェアの育成が出来ません。

だから正直なところ、ただの暗記力勝負である

今の学校教育に時間を費やしすぎるのはもったいないかと。

学校に行くことの価値は、そこじゃない

暗記が問われて採点されるだけなら、

現時点でも、AIに敵うわけないので。

個人的には学校教育が暗記推奨なうちは

特に小学生は、授業時間外まで学校の勉強をやる意味あるかな?

って思ってます。

私は、今も昔も学校の勉強なんて授業中に終わらせなよ派です。

今もそう思いますし、子どもだった当時からそう思ってました。

まだAIなんて影も形もない時代ですらそう思ったんだから、

AI時代の今なら、尚更だと思います。

だから、宿題なんかもさっさと授業中に終わらせてました。

昼休みや放課後は、バレーボールやドッヂボールをやったり、

サッカー、カンケリ、ドロケイなどなどを日替わり状態でやり、

雨の日は、ボードゲームしたり、本や漫画を読んだり、

夕食後はピアノが日課で、毎日忙しかったですし、

そんな毎日が楽しかったですからね。

ピアノは20時までって決められてましたから、

そこまで全力疾走で、お風呂入ったらバタンキュー。

スマホなんて、あってもいじってる時間なかっただろうな(笑)。

ちなみに、親は私が勉強をしてるのを見たことがないそうです。

さすがに夏休みの絵日記くらいは家でやったよ!(←ソレ、勉強ジャナイ)

大学受験間近はしたと思うけど・・・いや、結構マンガ読んでたか。

そういえば、塾の先生にも、合格報告したらすっごい驚かれましたね。

おめでとうより先に、英語塾講師一筋30年みたいな先生に

「あんなに勉強しなくて受かるモンなのか!」って

言われましたからね。失礼な(笑)。

ま、失礼な・・・と思ったってことは、

どっかでは勉強やってたんでしょう。←

そんなだったのにチューターとして雇ってくれて

ホントありがとうございます(笑)。

でもまぁ、小学校受験の時もそうだったか。

受かった~って報告したら、周囲の保護者達には

「いつも夕方まで園庭で遊んでたから

お受験しないと思ってた!」って驚かれたそうです。

あ、就職試験の時もそうだったわ。

バイト先の後輩たちには「就職活動してたんすか?」って驚かれたな。

失礼な。してたよ(笑)。

ただまぁ、バイトもしまくってたからな。

直前にも母に「就職どうするの? コネなんてないわよ」って言われて

その時も(してるわ、失礼な)と思ったんだった。

・・・三つ子の魂なんとやら。←違

いや、きっと、いつもどっかではそれなりにやってたんだよ。

顔と態度と行動に出ないだけで、多分(笑)。

世界史も勉強した~って記憶はないし、

試験前に暗記作業なんてしたことはない。

試験期間中は、寝るのが大事だよね~って思って

ガッツリ早くから寝て、試験範囲の確認くらいしかしなかったし。

でも、とにかく歴史がめちゃくちゃ好きだったし、

楽しくてしょーがなかったから、ひたすら本やマンガを読んだり、

仲のイイ先生の授業はちゃんと聞いたりしてただけ

って、自分では思ってるんだけど、

今もすごい書き込んでるノートとか残ってるから、

多分、どっかではしてた(笑)。

ノート部分にフリーハンドで地図書いてる形跡が

ま、私は割と極端な例だろうとは思いますが、

子どものうちに、出来れば小学生のうちまでに、

楽しい経験をどんどん積み重ねておいたほうが

いいんじゃないかなと思います。

ただ、今も歴史=楽しくてしょーがないですし、

そのほうが脳の発育上も、色んな意味で大事だと思います。

子どもへの必要な声掛けとは?

5歳までに必要な「やっても大丈夫」

まず、子どもの脳の発育に必要なのは、

お母さんの「やっても大丈夫」。

子どもにとっては、この世には未知のモノゴトが多いので、

本当にやっても大丈夫なのか不安なんです。

だから、色々触ってみたり、舐めてみたりしますよね。

なので、5歳まではお母さんが「この世はいいところだよ~」

「やっても大丈夫だよ~」ということを教える時期。

なんでもかんでも危ないから(触っちゃ)ダメ!

〈禁止すること〉は子どもの学習の機会を奪うことになります。

そして、『ダメ』は聞いてないから無駄(笑)。

当然のことですが、試してみなくても分かるような

本当に危険なことは避けてくださいね。

大人は、〈保護者〉でもありますから。

6歳以降に必要な「やれば出来る」

6歳以降に必要なのは、「やれば出来る」マインドです。

お待たせしました、お父さんの出番です。

お母さんは、5年間お疲れさまでした。