基本的に人間社会は、身分制です。

全然、人類皆平等じゃない。今もあるんです。

身分が違えば、基本的に出会わないだけ。

歴史的に見ても、定住すれば身分は発生します。

公家料理と、庶民料理

あまりこういう分類はされないですし、

公家の人たちが今どこでどうしてるかなんて、

実際のところはほとんどの方が知らないと思いますが、

厳選食材の95%を捨てて、美味しいところだけに一点集中して、

最大限にその魅力をひきだすのが、いわゆる公家料理

かたや、食材の95%以上を余すとこなく使って

日々の糧とする、いわゆる庶民料理があります。

公家料理と庶民料理は、

全然別モノだと考えたほうがイイです。

全然別モノなのに、情報公開されやすくなったからか、

今まで別世界すぎて見ることも聞くこともなかった

公家料理もお手軽に見られるようになったからか、

なんだか境界線が曖昧になってしまっている、今の日本。

で、別に身分制も、あってイイんです。

そもそも〈平等〉なんてのが、マボロシ。

獲ったエモノを全部その場で平等に分けて

その日暮らしをするんでもなければ、

管理者って存在は必要だしね。

管理者の質はとっても問いたいけれども。

手に持っているのも松茸です
鍋に入っているのも松茸です

この時代、境界線も曖昧になってきてますよね。

公家料理が常日頃食べられる自分を目指すのも、

全然そうしたいなら、それでもイイんですよ。

ただ、公家は割とすぐ病気になるけどね。

昔は脚気で、亡くなってます。

ちなみに意外かもしれないけど、

武士は、戦いよりも毒で死ぬことが多かったんです。

お い と い て。

ただ、この辺りの前提を混在しちゃって、

迷いが生じて料理がしにくくなるのは、

ちょっと問題かなと思うんです。

最近テレビなどで「オレ、一流料理人です」みたいなカオして

「アクも味のうちです」とかってドヤっちゃう風潮が

公家料理と庶民料理を曖昧にしてる一因かなって思うんですね。

それは庶民料理としては、確かにそう。

間違いではないです。

だけど、それは一流の料理人が言うことではない。

そして本当の一流料理人は、テレビなどに出てるヒマはない。

毎日ものすごい変数の食材たちを使って、

毎日安定した味を出し、お客さんの期待に応え続けるのは、

そんなに容易いことではないです。

だから、実際のところはテレビに出てるって時点で

全然一流でもないと思うんだけど、それもさ て お い て(笑)。

その辺のことが変に混じっちゃって、

アクに限らず、何をどうするとイイのかが

よく分からなくなっちゃってる方は

多いんじゃないかな~と思うんですね。

だから、実際の公家やら庶民やらが、

実際のところどこまでがどうなのかってことは

割とどうでもいいんですが(笑)、

ご自身のスタンスを意識するのは、

迷いが減り、時間ロスが減るのでオススメ。

というのも、そもそも厳選されてるような食材だと、

雑味をそぎ落とし&そぎ落としても食材本来の味が残る。

だから、食材本来の味を際立たせるために

余計なモノは徹底的にそぎ落とすし、

一流の料理人は、食材選びにものすごくこだわります。

で、素材の味をいかした一番イイところだけを

お客さんに提供してくれます。ありがたい。

ただ、意外と使ってる調味料は、普通に手に入るモノです。

というのも、特殊な調味料を使ってしまうと、

それが作られなくなった時に、再現性がなくなるから。

だから、逆にそんなに一流食材ばかりを選べない私たちにとっては

調味料選びの優先度はシェフたちよりも高いし、

調味料は、食材よりも全然取り入れやすいんです。

食材は、本当にイイモノに関しては

伝手がなければお目にかかることもないので、

可能な限りの最大値をとることがオススメ。

それでも正直なところ、全然、庶民食材です。

だから、片方だけでなんとかしようとせずに、

食材・調味料の両方であるレベル以上を選べると、

そのレベルで日々の積み重ねることにもなりますから、

身体的にも味覚的にも、相当なアドバンテージとなります。

だから私は、選べる範囲内にはなりますが、

良質な食材の味を美味しく引き出しつつ

せっかく、極力イイモノを買っているのだから、

なるべく余すところなく使いつつ

調味料にもそこそここだわるというスタンス。

そうすると、簡単な調理法で美味しい!

いえーい! ってなります。

更に、シンプル調理で作られたモノは消化しやすい

カラダが知ってるモノ、分かりやすいモノのほうが

全然消化しやすいんです。

分かりにくくしたら、消化もしにくくなるのは当然。

で、未消化物が身体にとって最大の毒なんですから、

食べるモノを複雑にするメリットって全然ナイです。

例えば、超加工品は、体内にとっては

未知のモノすぎてよく分からない。

よく分からないから、体内で放置されちゃう。

放置されて、未消化のまま。

そのまま酸化したり、腐ったりして、毒となる。

原材料や添加物、栄養云々以前の問題なんです。

消化能力が高ければ、たまになら超加工品を食べても、

まだなんとかなるかもしれないけど、

弱いともう、未消化物(毒)のモトでしかない。

最近の外食事情

私は厳選された食材の美味しいところだけをいただく

公家料理的位置付けの、シェフのおもてなし料理を

味わいに行く外食先(カテゴリー①)と、

みんなでワイワイと食事時間をトータルで楽しむための

外食先(カテゴリー②)があり、

家では、日々食材を余すところなく使い切って、

庶民料理を楽しむという感じです。

ただ最近は、カテゴリー①のお店がホント少なくなり、

②はそもそもイベント的要素がないと行かなくて、

書いてすらいない超加工品多めなカテゴリー③が

世間の飲食店の大多数を占める気はしますが、

そもそも③は全然行かないので、おいといて。

目的に応じて、①か②に数少ない外食機会をあてている感じです。

とまぁ、公家料理と庶民料理って区別をしたところですが、

私が目指しているのは、公家料理と庶民料理のハイブリッド。

な~んて、そんなことを言ってる時点で、

全然庶民料理内じゃん! って感じなんですけど、その通り。

庶民ですから(笑)。

一流レストランにしか卸しませんってレベルの、

その畑の一番イイところで出来たものだけの

超・良質食材ばかりを手に入れられる身分ではないですから、

そこはしょーがない。

ガチセレブなスパイスの先生が用意してくれる食材は、

毎回「うーん、私が知ってる同じ名前の食材と

モノが違いすぎる・・・」ってなってるくらいには、庶民です。

ゴボウではありません
高麗人参の日です

例えば、お米ひとつとったって、

その農園の中でも一番日当たりのイイところをがっつり抑えて、

間引きもしっかりして、根っこにまでちゃんと日が当たった

お米のみを手配してますからね、、、さすがすぎる。

ご縁をいただいたので、ありがたくご相伴にあずかってますが、

やはり普通に炊くだけでも味が違いますし、

農園のHPを見たって、それは全然載ってもないですから。

届いたお米は有難く日々いただいてますが、

おかずでも毎日公家料理を作って廃棄沢山ってのは

多分、私のモッタイナイ精神が耐えられない(笑)。

遠山家って、どこまで遡っても武家なんですよね。

割とどこをつついても、ド・武家です。

平安時代くらいまで遡ると藤原氏系統になるようなので

ちょっとくらいは公家寄りの時代もあったかもしれませんが、

基本は、明治までほぼ武家。

安土桃山から江戸中期くらいまでは

苗木城(岐阜)というところの城主な人もいたからか、

家紋は桔梗です。いかにも美濃っぽーい(笑)。

江戸後期の辺りは島津藩の家老だったりした人もいるようで、

だからか、祖父までは基本海軍将校ばかりです。

だからかどうかは分かりませんが、

祖母も私も、あんこの好みは完全なこしあん派(笑)。

庶民だけど、あまりにドストライクな庶民料理は

そんなに得意じゃない。

士農工商も遠くなった今の時代に

何を言ってるんだって感じですが、

コレが意外とあてはまってるんですよね~。

多分ちょっと違う家系図の楽しみ方(笑)。

そして、私の遺伝子はほぼオランダ人。

これってなんだろうな~って思ってたんですが、

調べてみたら父方の祖母家系がバリバリ佐倉藩の重臣で、

佐倉藩ってめっちゃ蘭学に注力した藩だったんですよね。

あれれ、意外なところからオランダがにょっきり・・・

な~んて思った次第です。

そして、母子手帳を見たらチーズが大好きって書かれてた(笑)。

好み→家系図や遺伝子検査で答え合わせって感じです。

これは私のバックボーンというか、

スタンスがそんな感じというだけで、

これが万人にとってイイでしょ? ってわけでもない。

でも、ご自身の好みが明確だと、迷いが減るかなと。

とはいえ、答え合わせはいつからでもどこからでも出来ますから、

好みの傾向を見極めてみるといいかも。

そんなこんなで、私が日々作ろうとしてるのは、

正確に言うと、庶民料理に公家料理のエッセンスを入れた

ハイブリッド料理ですが、

ご自身のバックボーンと合わせて

アレンジしてみてね~! という話です。

庶民料理を公家料理に格上げさせないのかって?

士農工商だの、武家だのと言っても庶民階級ですから、

公家料理の常食は、お米以外はドキドキしちゃう(笑)。

メンタルの影響は大きいですよ。

あとまぁ、健康も大事なので。

アンティスプレーコ

ただ、それはそれとして、日々廃棄する食材は

当然少ないほうがいいじゃないですか。

それになるべく食材の丸取りが、栄養バランス的にもイイ。

だから、私が一番に提唱しているのは、

ホールスープだったりもします。

1)って銘打ってるのに、2)以降を書いてないけど(笑)。

そうそう、オステリア・フランチェスカーナのシェフ、

マッシモ・ボットゥーラ氏をご存じですか?

今、世界一のシェフとも言われる方ですが、

彼が提唱しているのが「アンティスプレーコ」の精神。

食材をムダにしないという意味のイタリア語です。

もちろん、今までイタリアにも

そういう料理がなかったわけじゃないです。

パッパ・アル・ポモドーロっていう、

固くなったパンを使う伝統的なイタリア料理もありますし、

パルミジャーノの端っこなんて結構有効活用しまくりです。

フランス料理だって、レストランで食べるようなコース料理と

日常的に家庭で食べてる煮込み料理は全然違うし、

割と伝統的に、世界中どこでもみんなやってることなんです。

それでも、ミラノ万博期間中に友人のシェフ達と廃棄対象食材を使って

作った料理が一冊のレシピ集『 Pane è Oro(パンは金なり)』となり、

料理部門ではベストセラーになりました。

そういったアンティスプレーコ精神が、

今改めて脚光を浴びてるというのは、

ちょっと前の廃棄ロスなどを気にしない

大量生産・大量消費の飽食時代から、

迫り来ている食料難の時代にも対応出来るようにっていう

人類の防衛本能なんじゃないかなって気もしてます。

日本の場合は、自然要因の食料難よりも

政府の失策による食料難時代っぽくてイヤなんだけど、

話がズレるから、お い と い て。

世界のトップシェフと言われるような方々は、

食材の現状もリアルに見ているでしょうから、

なんとかしようって、そういう流れに乗ってるんだと思うし、

それは今だからというよりも、割とずっとそうでした。

だから、ホールスープの根底にだって、

アンティスプレーコのような精神は全然流れてるし、

大量生産・大量消費の期間のほうが

歴史的に見たら全然短いんだし、

そして、その時代はもう終わりに近づいてる。

で、私は食材をなるべくムダにはしたくないから、

ホールスープを作る習慣は全力推しなんですが、

かといって、アクも美味しさとは思えないくらいには、

雑味ってそんなに得意じゃないんです(笑)。

それは、味の好み的にもそうで、

自分のバックボーンを考えたら、確信しかない。

だから私は、アクを結構徹底的にひきます。

ホールスープの時もそうです。そこだけは丁寧(笑)。

そもそもベジスープ系はそこまで高温にはしないようにしますし、

それでも出て来たアクはひきますし、

塊肉を下茹でする時はコントレックスなどを使いますし、

ボーンブロス系も、アクはしっかりひきます。

アクも丸取りのうちに入るんじゃないのかって

思う方もいらっしゃるかもしれないけど、

ミネラルにくっついて取り除かれるアクって、

未消化の毒みたいなものってことだから、

それは多分食材たちにとっても余計な部分なのでは? と。

余計な雑味は取り除いて、素材の良さを引き立てるほうが

きっと食材も喜ぶんじゃないかしら? って思って、

アクは遠慮無く徹底的にひいて、廃棄してます。

ホールだ~とか、丸獲りだ~とか言ってても、

私の中では全然矛盾してないのです。

あとは、アクを取り除いても、

素材の味が残るレベルの食材を

常に買えるようにしておけばいいだけ(笑)。

ホントに食材と生産者さんには感謝しかないです。

全員にそうしろ~、それがいいぞ~とは思ってないです。

アクも味のうちだから食べたいって思うのでしたら、

それはそれで全然よくて。

私は上記のようなバックボーンがあって、

かつ、自分の好みの傾向がわかってるから

アクの除去は徹底的にやってるというだけですので、

ご自身に一番合うスタンスを見つけて、

それに準じていただくのがいいんじゃないかと思います。

ただ、ご自身のスタンスがハッキリすると、

自分らしさの輪郭もクッキリして、

結構色々なところでの迷いがなくなるので、

料理もしやすくなるし、その他の選択もしやすくなる。

何が、自分にとってのハードチャレンジかということも分かるし、

自分らしく生きるってことにも繋がっていくんですよね。

家系図や遺伝子のデータ的なことはおいといても、

ご自身の好みやお好きな傾向にちょっとワクワクしながら

隙間時間にでも、ジックリ繰り返し繰り返し

向き合ってみていただくといいかなと思いますし、

折に触れて、ご自身のバックボーンにも目を向けていただくと

いいんじゃないかなと思うのです。

料理と文化

それにはまず、自国の文化を認識すること。

前述のマッシモ氏も、「文化のない料理には何も残らない。

大事なのは、自分がどこから来たか、何を背負っているか

それを認識すること。

自分が学び、吸収したことを表現することができれば、

どこにいようと関係ない」と言っています。

まじょ

コレを聞いてから、異世界転生作品の見方が

ちょっと変わりました(笑)。

異世界モノばっかりか! と思いつつ、

それ以前も読んではいたけどね。

世界を股にかけて活躍しているトップシェフが言うと、

説得力がありますね(笑)。

これは、今後ますます多様化していく世の中では、

すごく大事なことだと、私も思います。

そして世界でも少数派になっていく日本人にとっては、

ますます認識しておいたほうがいい矜持だと思うのです。←武士かw

その上で色々と選んでいかないと、土台がグラグラしちゃう。

絵画に興味がある方は、美術方面からのアプローチもいい。

音楽に興味がある方は、音楽方面からのアプローチもいい。

歴史からでも、哲学からでもいい。

どんな側面からのアプローチでもいいし、

ひとつからのアプローチじゃなくていいんですが、

料理から文化を学び、体感していくっていうのは

とてもアリじゃないかと。

だって、自然と回数が多くなりますもの。

今も残っている伝統的な料理には、

文化が必ず根付いてますから、

ちゃんと作って味わうだけでも

その都度、すごい学びになりますし、

回数を重ねれば重ねるほど積み重なっていきますし、

すればするほど、ますますAIの領域ではなくなる。

急速に進むAI化を含め、すごいスピードで変わっていく

時代背景も相まっているからこそ、

伝統やバックボーンを知って、その上で時代の変化に

対応させていくハイブリッドな料理を作ろうとしてるし、

そんな体験を重ねていこうって思ってますが、

長々と書いた割に、やってることは、

食材と調味料にそこそここだわった

シンプル料理を作って食べよう! です(笑)。

料理×地政学

そして、料理と文化ということを考えた時に

ベースとして視界に入れたいのは、地政学

その国がどういうところに位置しているかってことを

重視して政治を読み解く学問ですが、

この見方を料理にも適用してるって感じです。

以前、ラタトゥイユの投稿をしたこともありますが、

どういうところで、どういうバックボーンだから、

こういう料理が生まれたのかなって考えたりすることは

私はとても楽しいし、それは歴史や政治的な視点も身につく。

味覚に結びついてるから、景色も忘れないですし、

色々な人と話せるキッカケになったりもしますので、

そういった視点からも見ておくのはオススメですし、

地理的条件などが変わっても、応用が効くかと思います。

異世界転生まではしなくともね(笑)。

とまぁ、私は地政学や地理も好きなので、

そこからの見方を取り入れてますが、

お好きなモノの視点から結びつけても、全然アリかと。

ただ作って、ただ食べる、栄養を摂るっていう

〈作業〉にしてしまうのではなく、

そうやって日々の食事で体験を重ね、深めていく。

一回一回に長い時間はかけられなくても、

回数分チャンスはあるし、出来ることはあるかと。

なんて言ってると、さも大層なことをしているようだけど、

やってることは結構シンプルなことばかりだし、

美味しいものが食べられるから日々嬉しいし、

変化の時代と言ったって、今までとそんなに

目指してるところは変わらないんだけどね~って感じですが、

ちょっと改めて自炊入門編コラムを書いてみました。

この後、ウェルビーイング方面などからの

アプローチもしたいとは思ってるのですが、

それはまた、、、いつか。

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自炊のススメ